こんばんわ、ボブです。2
今日はフリーザさんの生い立ちと出会いを紹介します。
名古屋コーチン系比内地鶏の父と※参照
→http://www.maruto-p.co.jp/images/tori/wpeF.jpg
カーネル・サンダース系国産ハーブ鳥の母※参照→http://tach.arege.net/d/Images/20050514_0.jpg
をもつ彼は1985年、夏にアメリカのカリフォルニア州の養鶏所の卵の籠の中に
16人兄弟の末っ子としてこの世に(文字通り)生れ落ちる。
兄弟は生まれてすぐに皆、死別したという事実が最近明かされた。
このことは(故)善玉 卵太郎 氏著の
「How to Cooking method of egg」に記されている。
後の DJ Little Chicken になる彼の才能はこのころからすでに凄まじく
わずか3歳で世界鳥人間コンテストで1988年度全米チャンピオンに輝く。
(審査では自力で飛んだという野次が飛んだというエピソードがある)
10代前半のほとんどは音楽のサンプリングに明け暮れて徐々に才能を開花させた。
16歳になるころは東タンザニアにて、DJ Little Chickenと名乗り
初のremix arbum「このままだと冬が越せない」(邦題)で鮮烈にCDデビューしている。
この情緒あふれる反戦歌は多くの人たちを戦地へと誘った。
その年の秋、N・A・S・Aの宇宙ステーション内クラブ
MYU-MYUで活躍し、宇宙の壮大さに触れたことで開眼し
2枚目のアルバム、「All human races are birds. 」を世に送り込む。宇宙的ヒットだった。
その後、音楽界から忽然と失踪。
その年に鳥インフルエンザ、SARSが猛威を振るったが、FBIは関連性を否定している。
父の故郷である日本に帰国し、高校卒業後、現在は、
耐震偽造を見破る勉強をしている。
.
ボブとフリーザの出会いは彼が「All human races are birds.」を出したときに遡る。
彼への初めての印象は「KMCN2=koitu mosikasite chourui nannja ne-no?(と・・とんでもねぇ気だ・・オラわくわくすんぞ!)」だった。
彼とは高校からの付き合いで学生時代もその類稀な音楽の才能を発揮した。
まさにカリスマだった彼を今日のおつまみにして1杯やろう。
http://www.h3.dion.ne.jp/~watoudou/LOVELOG_IMG/20051104867033fb-s.jpg
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ねぎまうめぇwwwwww
ではまた明日!!!
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